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名古屋グランパス・スポーツダイレクターのステンリー・ブラードさん

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名古屋グランパスエイト・スポーツダイレクター兼コーチのステンリーさん。

 

トップチームの練習後、俺達を迎え入れてくれた。

一緒にいたドイツサッカースクールの子供たちも関係者しか入れないエリアに迎えてくれた。
片言の日本語と英語で、子供たちにもガンガン話しかけて、コミュニケーションを取る。

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頼んでもいないのに(笑)、急に子供たちを連れて全体練習直後で選手達がまだ自主トレーニングをしているピッチへ。

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子供たちは、大喜び。

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そのピッチ内には小倉監督もいた(写真上部)。

ステンリーさんの思いも寄らぬ計らいに、子供たちは満面の笑みだった。

 

次には、ステンリーさんが、小倉監督も呼んでくれて、ドイツサッカースクールの子供たちと写真を撮ってと頼んでくれた。

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ちなみに、俺達が頼んだわけでは無く、ステンリーさん自らのおもてなしだ。

 

そして、ステンリーさんは、俺達を新クラブハウス内へ案内してくれた。

 

写真は掲載できないが、選手のスパイクを管理している部屋、洗濯場、選手のロッカールーム、ミーティングルーム、筋トレルーム、キッチン、コーチングスタッフルーム、選手達の仮眠室、監督室など全てをステンリーさん自らが案内してくれた。

ロッカールームには、緑のサッカーコートの上にグランパスのエンブレムが入ったじゅうたんが敷かれていた。

ステンリーさんも、『 Takeo、ヨーロッパのクラブハウスみたいだろ! 』 と自慢した。

筋トレルームは、強烈だった。

2階にあり、ガラス張りで緑のグラウンドを眺めながら、ランニングやエアロバイクに乗ることが出来る。

あの眺めは、長時間でも居られそうだ。

そして、筋トレ用の器具、マシーンも多々あり、営業用フィットネスジムよりも豪華ではないかと感じるほどだ。

ステンリーさんは、コーチ陣、選手達にもドイツサッカースクールの子供たちを紹介してくれた。

子供たちは、元日本代表の楢崎選手、川又選手、安田選手らにも会い、興奮状態。

 

ステンリーさんは、元オランダ代表選手。

あの伝説のプレーヤー、ヨハン・クライフとも一緒にプレーしていた。

クライフとステンリーさんは、クライフがバルセロナからオランダ・ロッテルダムに戻った時、2トップを組んでいた仲だ。

クライフ引退後、ステンリーさんは伝説の背番号14番のユニフォームをクライフから渡された大物人物なのだ。

そんな偉大な方が、常に子供たちの目線に立ち、温かく自然に振舞ってくれる。

子供たちへ、そして俺達への対応もまさにプロフェッショナルだ。

ステンリーさんのプロフェッショナルな振る舞いは、サッカーはもちろんそうだが、他にも見習うべき点がたくさんある。

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ヨーロッパでは、いつも、子供たちに対して寛大だ。

ステンリーさんの未来ある子供たちに夢を与えてくれる姿勢に感銘を受けた。

俺がドイツから帰国して10年以上経つが、久々にヨーロッパの空気を感じることが出来た。

そして、指導者として大先輩の立ち居振る舞いに大きな刺激をもらった。

いつもステンリーさんからフットボールについて沢山学ばせてもらっているが、今回もまたたくさん勉強させてもらった。

 

ステンリーさん、本当にありがとうございました。

Danke schoen.

 

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